■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■ 日本キャリア教育学会ニューズレター 第105号(2018.10.12発行) 発行:日本キャリア教育学会 情報委員会 https://jssce.jp/ ■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■ □■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 【書評】『高等学校と商業教育』 (番場博之・森脇一郎・水島啓進(編著)八千代出版 2018) 早稲田大学 三村 隆男 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 30数年前、高校教師として商業科の担任となり、さらに進路指導主事とし て160人の就職希望者の指導に当たってきた者として大変興味深く読ませても らった。専門高校はかつて職業高校と呼称され、進学校と評される普通高校 の生徒と学力レベルで肩を並べた時代があった。高卒就職が半数を数える時 代、高校卒業後進学するのならば普通高校、就職するのならば職業高校が当 たり前であった。中学校の同級生で県内トップの進学校へ進める学力のもち 主が誇りをもって職業高校に進んだ時代である。その後、高校教員として専 門高校の凋落していく現実に直面しながら、その要因検討や起死回生する方 策を県内の進路指導を担当する先生方と話し合ってきた。その見解や分析が 多数、本書にはしたためられているからである。 現場の教師や研究者など多数の執筆によるもので、商業科には特化されて いるが、職業教育の充実をはかる専門高校に共通する課題を多々扱っている。 1995年の「―スペシャリストへの道―職業教育の活性化方策に関する調査 研究会議(最終報告)」で提言された、職業高校から専門高校への呼称変更 の重大性への認識について、戦後の教職課程の変遷や高校商業に関する書籍 の発行をエビデンスとして示した、第4章のエビデンスを伴った森脇一郎先 生(常葉大学)の執筆部分は説得力があった。商業教育の危機が迫る中、教 科調査官をはじめ商業教育の担当者による教育課程の編成への無関心、一方 で、商業高校に携わる現場の教員や大学の教員が商業教育を専門性の高い学 問として引き上げることができなかったとしている。これに対し、第1章で は、石嶺ちづる先生(高知大学)が「職業に関する教育の目的は、大学に進 学しない低学力者を対象とする『手に職』を付けさせる教育から、学力が平 均以上の若者でも、実質的な職業教育の場である中等後教育以上の教育を可 能な限り受けることを奨励・支援する教育へと転換」する米国の連邦政府の 施策としての職業教育改革を対比的に示しており、職業教育における課題を 国内にとどめず、比較教育の視点で検討しているところに本書の奥が深いと ころがある。 同書のコラム欄で、総合学科において商業科目を活用しながらキャリア形 成支援を行った実践事例を示した桜井伸一先生(都立若葉総合高校)が、生 涯にわたる職業能力の向上と生涯学習との関連、そして双方に機能するキャ リア支援の視点について言及している。昨年、九州大学で行われた学会の研 究セミナーでは、一般陶冶と職業陶冶の位置づけについて話をさせていただ いた。古くて新しい問題であるが、急激な職業の高度化、専門化の中で、こ の議論は新たな展開に入ったのかもしれない。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ □■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 【コラム】大学生活への期待と現実の大学生活 東京家政大学子ども学部 水野雅之 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 大学では後期の授業がスタートし,入学直後の4月には右も左もわからな かった1年生も,大学生活に良い意味でも悪い意味でも慣れてきているとこ ろだろう。 しかし,そのような学生たちにも,入学当初には「思っていた大学生活と 違う!」と嘆く気持ちもあっただろう。ベネッセ教育総合研究所(2007)に よると,約70%の大学生が入学前と入学後の大学生活のイメージにギャップを 感じるという。また,千島・水野(2015)においても,約80%の大学生が入 学前に抱いていた大学生活への期待と現実の大学生活にギャップがあると回 答し,ギャップを感じる領域として,大学生活における友人関係,行事,学 業,時間的なゆとりの4つの領域が報告されている。 これらのギャップは大学生活満足感の低下や中途退学を導く1つの要因で あると位置づけられている(ベネッセ教育総合研究所, 2007)。また,千島 ・水野(2015)によると,期待していたよりも時間的にゆとりのある生活を している場合,大学生活において無気力感が高まるとされる。 大学生活における期待の程度の方が現実生活よりも高い(千島・水野, 20 15)ことを考えると,期待と現実のギャップは高すぎる期待に起因するもの であり,期待を現実に見合った水準に低減する取り組みが必要となると考え られる。 しかし,本当にこのような大学生活への期待と現実のギャップを解消する 必要があるのだろうか。 大学受験に大きなストレスが伴うことは自明であるが,華々しい大学生活 を夢想し,つらい受験勉強の先の生活に期待を抱くことは,受験期を乗り越 える際に,大きな支えになると考えられる。無謀な夢を描き,現実に敗れ, 大学を去ることになってしまうことは問題としても,非現実的な期待を抱く ことは,若者の特権でもあるだろう。 引用文献 ベネッセ教育総合研究所 (2007). 学生満足度と大学教育の問題点2007 ベネ ッセコーポレーション 千島雄太・水野雅之 (2015). 入学前の大学生活への期待と入学後の現実が 大学適応に及ぼす影響―文系学部の新入生を対象として― 教育心理学研 究, 63, 228-241. ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━