★☆★=============================== 日本キャリア教育学会ニューズレター 第93号(2017.10.10発行) 発行:日本キャリア教育学会 情報委員会 https://jssce.jp/ ================================★★ □■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 【書評】『課題解決型授業への挑戦 -プロジェクト・ベースト・ラーニングの実践と評価-』 (後藤文彦監修 伊吹勇亮・木原麻子編著 ナカニシヤ出版 2017) 名古屋大学大学院 教育発達科学研究科 菊池美由紀 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 本書は京都産業大学におけるプロジェクト・ベースト・ラーニング(以下PBL) の実践内容、実践方法、評価について述べた本である。同大学は経済産業省 が選定する「社会人基礎力育成グランプリ」への参加実績に加えて、「社会 人基礎力を育成する授業30選」(2014)に全国で唯一2つの授業が選定され ているなど、PBLの実践において高い評価を得ている。 本書の第一部ではPBLの概念と、同大学におけるPBLの位置づけを論じてい る。キャリア教育を行う際、大学の特性を踏まえた授業設計は重要であるが、 PBLにおいて「この大学だからこそ取り組むべき課題」にこだわっていること が分かる。 続く第二部ではPBL運営の実際を論じている。3年一貫のプログラムや教育 目標と評価、教育方法といった教育に関することだけではなく、授業で取り 組む課題を提供いただく企業との連携、学生の募集(時期や内容)、受講者 選考基準、学生がPBLを行う際に直面する困難の事例や教員の支援例など、 PBLを実践する際に考えなければならないことが書かれており、実際に授業 を行う際のイメージが湧きやすい。また多様な背景を持つ教員(学部所属の 専任教員、全学共通教育センターの専任教員、非常勤教員)がPBLを担う上で、 それぞれに期待されている役割も明示されている。 第三部では教育成果について論じている。キャリア教育ではその効果をど のように測るのかが課題となっており、授業前後でキャリア成熟度を比較す ることが多いが、同大学では卒業生追跡調査により、「仕事満足度」を確か めることでも効果を測っている。「仕事満足度」という観点は、キャリア教 育を考える上で非常に興味深い。 具体的な実践方法に加え、教育効果を実証的に研究した本書は大学のキャ リア教育を考える上で大きな指針となる。欲を言えば、グループワークにつ きものの「フリーライダー」対策をどのようにしているのかについても知り たいと思った。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ※キャリア教育関連の著作を発刊・発表した会員は、学会事務局までご献本 ください。学会HP上に本のタイトルおよび著者名を掲載した上で、ニュー ズレター書評欄で取り上げます。 □■━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 【コラム】LGBTIとキャリア教育 ー自分らしく生きることのできる社会を目指してー 学校法人自由学園男子部(中等科・高等科)教諭 高野慎太郎 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 子どもたちと関わるなかで、自身の無力さをしばしば痛感します。社会に ある偏見や差別で苦しむ子どもたちがおり、そうした不条理な社会の形成に 加担してしまっている一人の大人として無力さを感じ、子どもたちに申し訳 なさを感じるのです。キャリア教育は「生き方にかかわる教育」であると言 われます。どの子にも自分らしく生きてほしいと願うほどに、社会の不条理 が自覚されます。性別や国籍や人種等によって、偏見を持たれたり差別を受 けたりする不条理です。不条理な社会にあって、どのような教育を行うこと ができるか、この悩みが解消することはありません。しかし、社会の現状を 肯定するのでなく、社会に働きかけることもまたキャリア教育の領分である ということに思い至ったとき、私は救いを得たような気がしました。 いま私は、LGBTIの子どもが自分らしく生きるためのキャリア教育に取り 組んでいます。もちろん、悩みを抱える子どもに寄り添い、困難を共有する こともしています。加えて、悩みを抱える子どもと支援者の有志生徒を主体 として「LGBTIの生き方研究会」の活動をしています。LGBTIの人々がより自 分らしく生きられる社会の実現が会の目的です。そのために、子どもたちは 休日も返上で勉強会や当事者懇談会などに出て行って情報を摂取し、どこか らともなく海外の研究者や実践者との繋がりを持ち帰り、海外の文献を翻訳 して学友に共有し、ある生徒は本場のLGBTI支援を学びたいと海外に飛び立 ち、様々な実践者や研究者を学校に招き、啓発のためのワークやアクティビ ティを考案し、学校や地域のイベントでそれらを発表をしたりと、様々な形 で社会に関わっています。共に活動に取り組むこと自体が当事者の生徒を勇 気づける側面もあるようです。 LGBTIを掲げて社会に関わることで歓待を受ける場面もあれば、批判の目 に晒されることもあります。しかし、子どもたちが高く理想を掲げ、臆せず 社会と関わりを持ち続けることが、社会をより良くすることであると思いま す。これからも、誰もが自分らしく生きていくことのできるキャリア教育を 探求してまいります。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━