日本キャリア教育学会会長 藤田晃之
この度、本学会会長にご選出を賜り、文字通り身が引き締まる思いでございます。
現在、私たちの暮らし―学ぶこと、働くこと、そして、生きることの全て―を取り巻く環境が世界規模で大きな転換期を迎える中で、本学会の在り方もこれまで以上に問われていると認識しております。
例えば、これまでほぼ3年間に渡り日本のみならず世界各国における社会生活に甚大な影響を与えてきた新型コロナウイルス(COVID-19)感染症は、爆発的な拡大期のピークを終えたと認識されています。世界の多くの国で感染拡大抑制のためのマスク着用義務あるいは着用推奨措置が解除され、日本でもこの3月からマスクの着用は個人の判断に委ねられることとなりました。また5月からは5類感染症に移行する政府の方針も確定し、「ウィズ・コロナ」ともいうべき状況の中で、私たちの暮らしも新たな局面を迎えることとなるでしょう。宿泊業や飲食サービス業、運輸・旅客業などを中心とした急速な再活性化とそれに伴う人手不足や、外国人労働者の増加など、容易に予測される変化が顕在化することはもちろん、長時間労働や収入格差の拡大などの諸問題が同時併行することも懸念されます。
また、2022年2月に開始されたウクライナ侵攻は、世界経済に多大な影響を及ぼして今日に至っています。原油や小麦の価格高騰のみならず、物流費の急速な上昇を背景とした物価全般の高騰は、経済的弱者の暮らしを一層困難なものとしていることは周知のとおりです。また、ウクライナ難民の受け入れと生活の保障、学習権の保障、職業技能訓練の機会保障など課題は山積したまま残されています。この点は、ウクライナ難民に限らず、外国人労働者の受け入れに広く門戸を開いた日本にとっての重要課題でもあります。
さらに近年、AI(人工知能)を典型とした先端技術開発が急速に展開していることも特筆すべきでしょう。例えば、あたかも人間とテキストメッセージのやり取りをしているかのように自然な双方向コミュニケーションができるシステムが広く利用可能となり、これまでの主流であった「インターネット上の情報検索→情報の解釈と取捨選択→その結果に基づく情報の再整理と自らの理解の促進及び情報の発信」等のステップさえ省略可能な時代を迎えつつあると指摘されています。このような動向が、いわば「職業の世界の新陳代謝」を一層加速させることは想像に難くありません。無論、情報通信技術(ICT)の恩恵を受けることのできる人とできない人の間に生じる経済格差(デジタルディバイド)の拡大をいかに抑制するか、という大きな課題も私たち自身の眼前にあることは言うまでもありません。
様々な変化が急速に進展し、先が見通しにくいVUCAの世界(Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)によって特徴づけられる世界)と言われる現在の社会は、今後、その特性を一層強めるでしょう。このような中で、私たちは自らのキャリアを創造・形成していかなくてはならないのです。このような転換期の只中において今後の後の本会の在り方を思い描こうとする際、下村前会長がご就任のご挨拶の一部として記された次の一節は極めて重要な示唆を与えてくださるものであると存じます。
『今では当たり前のスーパーのキャリア発達理論も、1950年代には、それまでの考え方とは違う最新の理論として日本に紹介されました。今や文部科学省の資料にも厚生労働省の資料にも登場するサヴィカスのキャリア構築理論も初出から約20年の時を経て多くの人の目に触れるようになりました。今、まさに研究者が研究していることが、やがて長い年月を経て社会に受け容れられ浸透していきます。そのダイナミズムを私達は研究を進めていく上で常に頭の片隅に置き、共通に掲げるべき1つの目標として考えていきたいです。』
私たち、キャリア教育の研究に携わる者は、その軸足が実践研究であろうと、調査研究であろうと、理論研究であろうと、「研究していることが、やがて長い年月を経て社会に受け容れられ浸透していく」ことを願い、研究の成果が将来の社会を支える力の一部になることを願って真摯に努力を重ねていくべきなのだろうと考えます。本会が、そのような実践者・研究者によって構成される組織として、今後も、会員による研究成果の発信と会員相互の研鑽の場であり続けられるよう、会長として努力を重ねて参りたいと存じます。
無論、学会としての在り方は会長のみが決定すべきものではありませんし、そもそもそのような決定が可能であると想定すること自体が現実離れしていると考えます。理事の皆様、事務局の皆様、お一人お一人の会員の皆様からの建設的なご意見を粛然と拝聴し、また、皆様からのご理解とご協力を賜りながら、微力を尽くして参ります。何卒よろしくお願いいたします。
以上、謹んで、会長就任のご挨拶とさせていただきます。